ヴィクトル・ユゴー『九十三年』

九十三年 上 (潮文学ライブラリー)

九十三年 上 (潮文学ライブラリー)

九十三年 下 (潮文学ライブラリー)

九十三年 下 (潮文学ライブラリー)

 なんだかちかごろ古い本ばかり読んでいる気がする。これも昔読んだことがあるはずなのだが、細かい部分はほとんど覚えていなかったため、再読したという感じはない。
 これは、バルザックも『ふくろう党』で題材にした、フランス革命期の王党派によるヴァンデ反乱*1を扱った小説。歴史小説というより、旧体制・王党派を一身に体現する反乱の指導者ラントナック侯爵と、革命の光と闇をそれぞれわりふられた共和政府軍指揮官ゴーヴァン元子爵と公安派遣委員シムールダンの三人を軸にして展開する思想対決の劇といったほうがいい。特に終盤は寛容と進歩の人ゴーヴァンの口を借りて、作者ユゴーの思想がほとんどそのまま語られている趣がある。「いまフランスは肥料を下水に流していますが、それを畑の畝にかけるのです」(下巻p.341)などの提言は『レ・ミゼラブル』でパリの下水道を論述した章にもあったような気がする。
 いかにもロマン主義的な熱っぽい口調で語られる高邁な理想には、ときにいささか辟易させられることもないではないが、いまだに新鮮で力強い響きを持った部分もある。

「つまり、きみが望んでいるのは、男女間の……」
「平等です」
「平等だと! 本気で言っているのか? 男と女は別のものだ」
「わたしは平等といったのです。同じものと言ったのではありません」(下巻 p.343)


「ゴーヴァン、地上にもどってこい。われわれは可能なことを実現しようと思っているのだ」
「それにはまず、可能なことまで不可能にしないように注意してください」(下巻 p.344)

 平等(égalité)と同一性(identité)を、意図的にか無自覚にかはともかく取り違えるむきの多い昨今、ユゴーの爪の垢を煎じて飲むのも一興かもしれない。とはいえ、ユゴーが実人生、というか日常生活において男女平等を実践あるいは志向していたかということになるとまた別問題なのだが。
 ちなみに、この潮文学ライブラリー版の装丁はシンプルかつ鮮やかでとてもいい。ついでにいえば、赤と青、それに白抜きの文字という三つの色は、共和国の三色旗を表しているのだろう。そこに「青」(共和政府軍の象徴)と白(王党派の象徴、百合の色)の間に流された「赤」い血まで読み込んでしまうのは深読みのしすぎだが。

*1:中央集権と地方の対立という要素もある。