須賀しのぶ『天翔けるバカ』全二巻

天翔けるバカ―flying fools (コバルト文庫)

天翔けるバカ―flying fools (コバルト文庫)

 時は第一次世界大戦、主人公はイギリス空軍の傭兵部隊に所属するアメリカ人で、ドイツ空軍の登場者は撃墜王レッドバロンことマンフレート・フォン・リヒトホーフェンや若き日のヘルマン・ゲーリング*1というこの小説は、大量殺戮と無名性の中での死によって消えゆく古き良き騎士道精神や、なによりも空を飛ぶという長い間の人類の夢を現実にしながらも殺戮兵器と化してしまった飛行機に愛憎を込めて捧げられたものだ。そういう点で、内容は全然違うけれども作品の持つ意味性が宮崎駿の『紅の豚』に似ている。
 ただ、ひとつ注意しなくてはいけないのは、かつて部分的には高潔かつ英雄的であろうとした騎士が存在したとしても、総体的な観点からすれば、殺戮の規模や兵器の威力こそ違え、もとより戦場がなにか素晴らしいものであったわけではないということだ*2。そんなことは『パルムの僧院』のファブリス・デル・ドンゴがワーテルローの片隅でとっくに気づいていたのではあるが。
 それにしても、当時の軍隊を舞台にしているので当然といえば当然かもしれないが、この小説は敵味方の区別なく、非常に男臭いホモソーシャルな雰囲気に満ちている。こういうものがコバルト文庫という、女性読者を主にターゲットにしていると思しきレーベルから出ているのが不思議だ。

*1:第二次世界大戦時のドイツ第三帝国空軍元帥。

*2:「戦争」には高貴な意味づけがなされる場合があっても、「戦場」は常に凄惨だ。