図書館奇譚

 いつものように図書館で借りてきた本を読んでいたところ、鉛筆による書き込みがなされたページがあって、その片隅に「図書館の本に書き込みするな!」と怒りの筆致で記された付箋が貼りつけられていた。 
 当然これは書き込みをした人の後、かつ私より前にこの本を借り出した人の手によるものなのだろうが(まさか図書館職員の仕業ではあるまい)、表明されている格率じたいに異を唱える余地はないにもかかわらず、書き込みをした当の人物がこの注意書きを目にすることはおそらくないだろうことを考えれば、なにを意図して、あるいは誰を対象としてあのような付箋を貼りつけたのか判然としないばかりか、まるで書き込みをしたわけではない私が指弾されているようで、どうにも釈然としなかった。せめて、「こういう書き込みはしないようにしましょう」ぐらいのゆるやかな教訓を示すにとどまっていたならまだしも(それでもなんとなく不愉快になるとは思うが)。
 また、今回のことに限らず、図書館の本に書き込みをする人の意図もよくわからない。どうせすぐ返却することになる本に傍線を引いたり覚え書きを記したところでいったいなんになるのだろうか。自分の手でノートに書き写すなり、コピーをとるなりしてそれにメモを取るのでなければ、とうていものにはならないと思うのだが。それとも、記憶力の優れた人にとってはそうでもないのだろうか。
 いずれにせよ、なんで私が他人のした書き込みを消しゴムで消さなければならないのか。消し終えたあと、図書館の職員に書き込みがあることを教えて、消すように言えばよかったのだと思い至ったが、時すでに遅しであった。