ALIVE AND WELL IN PARIS

フィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン

フィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン


 チャーリー・パーカー派アルトサックス奏者のフィル・ウッズアメリカを去ってヨーロッパに渡り、ヨーロピアン・リズムマシーンとコンビを結成した一作目のアルバム。
 2012年オリンピックの開催地ががパリに決まったら久しぶりに聴こうと思って手元に引っ張り出しておいたのだけど*1、あいにくロンドンに敗れてしまったので、しかたなくカウント・ベイシー・オーケストラの『ベイシー・イン・ロンドン*2』をCDの山の中から探していたら、ロンドンの爆破事件の報が耳に入った。
 そこで私はベイシーのCDを探すのをやめ、このアルバムを聴くことにした。ただしお目当ては二曲目の「Alive and well」ではなく、一曲目の「And when we are young(Dedicated to Bob Kennedy)」だ。
 これはボブ・ケネディことロバート・ケネディ上院議員に捧げられた曲だ。いうまでもなくロバート・ケネディは1968年6月5日、大統領選挙の予備選挙の最中に射殺された。フィル・ウッズアメリカを離れ、このアルバムを録音したのは5ヶ月後の11月14、5日のことだ。
アルバムの構成は、

  • 1. AND WHEN WE ARE YOUNG(Dedicated to Bob Kennedy)
  • 2. ALIVE AND WELL
  • 3. FREEDOM JAZZ DANCE
  • 4. STOLEN MOMENTS
  • 5. DOXY

 まず一曲目をロバート・ケネディ、つまり去りゆくアメリカに捧げ、二曲目でパリに到着し*3、三曲目で自由を感じる。だが四曲目「STOLEN MOMENTS」で再び失われた過去に思いを馳せる。それはアメリカに残してきた女(DOXY)のことでもあろうか。
 ボブ・ケネディに捧げられた曲は、ジョルジュ・グルンツのピアノとアンリ・テキシエの弓弾きのベースがゆっくりとしたテンポでいかにも悲しげな旋律を奏でる冒頭から始まる。そこにウッズのアルト・サックスが絡み、まるでジャッキー・マクリーンが『レフト・アローン』で演じたような咽び泣くがごとき音を奏でる。だがやがてテンポは速くなり、バックで激しく叩きつけるダニエル・ユメールのドラムに合わせてウッズのアルトも悲しみを振り払うかのように力強さに満ちたものになる。時折フリージャズのようにフリーク・トーンを咆吼しそうになる瞬間もあるが、そこまではいかずに感情をぎりぎりのところでコントロールし、音楽的格調を保ち続ける。だがアンリ・テキシェの長めのベース・ソロが終わった瞬間、今まで押さえてきた激情を解き放つかのように叫び声をあげる……。
 ウッズは記念すべき渡欧第一作目のA面一曲目に、アルバムのタイトルにもなっている「ALIVE AND WELL」ではなく、ケネディの死を悼む曲を選んだ。悲しみの後に新天地の喜びを到来させる順番にしたわけだ。そしてそれは正しい選曲であったと私は思う。
 14分にわたるウッズの熱演を聞き終えて私は願う。ロンドンにおける今回の事件で悲しみや苦しみを胸に抱いた人々が、困難であってもそれを乗り越えられんことを。そしてそれがより一層の悲しみの量を増やすような方法によってはなされないことをも。

*1:はまぞうだと表記されないが、このアルバムのタイトルは『ALIVE AND WELL IN PARIS』

*2:でも録音された土地はスウェーデン。看板に偽りありとはこのこと。

*3:AliveとArriveをかけている